IT活用やデジタル化の目的を、いま一度明確化しよう
ITの活用やデジタル化はなぜ必要か
ITの活用やデジタル化は何のために必要でしょうか──。こう聞かれたときの回答は、ITやデジタルへの理解度や立場、業務経験などの違いによって、大きく分かれると思います。
例えば、「まずは紙の無駄をなくすことだ」とおっしゃる方もいれば、「業務をデジタルで完全に自動化・自働化する」と考える方もいらっしゃるかもしれません。ここまで極端ではなくても、さまざまな答えが存在する問いだと思います。読者の皆様はいかがでしょうか?
私自身はどうかと言いますと、デジタル化の目的の1つは様々なプロセスのPDCAを高速で回し、我々の内部プロセスや製品の進化スピードを最大限に加速させることだと考えます。典型的な意思決定のプロセス、言い換えればビジネスを進める上でのステップは、図1の4つのステップに整理できると思います。このプロセスは、ループのように継続的に回り続けるものです。

図には関連するデジタル・ITツールを示しましたが、さまざまなデジタル施策やIT施策に取り組んでいるのは、このループを高速で回すためにほかなりません。紙による手計算がなぜ効率的でないかというと、このプロセスが分断され、時間がかかってしまうからです。プロセスを高速で回そうとすると、やはりデジタルでつなぎ、情報が自動的に流れてループが回るようにする必要があります。今日ではAIが情報を読み取れるようにしておくことも重要です。
逆に言うと、このようなプロセスの高速化に貢献しないデジタル施策は、何を目的にしているのか、再考の余地があることになります。
連結ベースでの製品別採算の把握までの道のり
具体例を挙げてみます。私がヤンマーの事業部に所属していた2018年ごろ、連結ベースでの製品別採算性の把握が課題となっていました。これは販売計画や生産計画を立てる上で最も重要な経営情報の1つであり、短期的な損益に大きな影響を及ぼすのはご存じの通りです。
しかし製品の製造や販売では、日本で半製品まで仕上げた後、海外に輸出、現地の工場で完成させ、さらに別の海外販売会社から販売するといった、国や法人をまたぐ複雑な取引が行われています。
このような状況ですから、従来はそれぞれ定義や粒度の異なるデータを複数の基幹システムから個別にExcelでダウンロードし、定義や粒度を整えて統合し、ようやく連結の製品別採算を算出していました。
この作業には多大な人手がかかり、プロセス全体で数カ月を要するため、製品別採算のアップデートは半年に1回程度の頻度でした。可能であれば毎月、あるいは毎週といった頻度で製品別採算を把握し、意思決定に使いたかったのですが、デジタル基盤が整備されていない状態では高速化が困難でした。
そこで2019年、基幹システムやデータ基盤を抜本的に整備し、BIツールで自動的にダッシュボードへ出力する仕組みを構築。結果として生産計画、サプライチェーンの最適化により大きな収益の改善と在庫の削減を実現しました。
小さな改善の積み重ねが長期的に大きな差を生む
このPDCAを回すスピードの高速化は、「複利」で効いてくるため非常に強力です。これこそが、デジタルがゲームチェンジャーと呼ばれる所以であると考えています。たとえば、改善のループが年に一度しか回らない場合、仮に40%の改善を達成しても、1年後に1が1.4になるだけです。
しかし、毎日このPDCAを回すと、たとえば1日あたりわずか0.1%の改善であっても365回積み重なると、1が1.44になり、年に一度の40%改善を上回る結果となります。ループを回す速度が違うだけで、長期的には大きな差となって表れるのです。
現場では、ともするとツールやシステムの導入そのものが目的となりがちですが、常に「今行っている導入が、前後のプロセスとしっかりつながっており、このループを高速で回すことに貢献しているかどうか」を見直すことは、非常に意義深いことだと考えてます。ヤンマーでは、この考え方を意識的に啓蒙することで、ビジネスの成果につながるデジタル推進を実現しようとしてます。
皆さまにおかれましても、「何のためにIT活用やデジタル化をしているのか」について、今一度明確化すると、単なるシステム導入や紙の削減を超えて、より一層の成果につながるのではないでしょうか。
筆者プロフィール

奥山 博史(おくやま ひろし)
ヤンマーホールディングス 取締役 CDO。住友商事の化学品部門においてマーケティング、スイスの化学品会社においてCFOを担当。その後、ボストンコンサルティンググループにて戦略コンサルティングに従事。ヤンマー入社後は本社で経営企画・マーケティングに携わった後、建設機械事業を率い、2022年6月より現職。趣味は歴史的建造物や遺跡を求めてのバックパック旅行で、140カ国以上行きました。昨年はタジキスタンのパミール高原を横断。