DXの浸透のためにユーザー部門では何が必要か

CIO Lounge正会員・浦井 善弘

ITの活用やデジタル化はなぜ必要か

 私は製造、金融、そして現在の不動産と、まったく異なる業界で仕事をしてきました。最初に所属した大手電機メーカーでは、ほぼ社内SEとして仕事をし、次の金融機関ではユーザー部門でした。システム部門は勘定系など基幹システムを担い、各ユーザー部門は単機能のシステムを自ら調達・運用する体制だったからです。

 私は多くの時間をシステムに関することに割いていましたが、ユーザー部門では、システムに関わる実際の業務は社外のパートナーに依頼することが中心でした。現在は、再び社内SEの立場です。そうした経歴が自ら希望した仕事や業界だったかはともかく、複数の業界で異なる立場で仕事をしてきたのは幸運でした。同じ会社で同じ仕事をしているだけではできない経験、知見が得られたからです。

 例えば、情報システム部門に籍を置いていないと最新の技術やトレンドに疎くなりますことが分かりました。具体的には、常にその世界に身を置いていないと、すぐに自分の知識が劣化していくように感じたのです。それは事実だったと思いますし、それだけ技術進歩のスピードが速いのだと痛感しています。

 一方で、ユーザー部門にいたからこそ気づいたこともあります。複数の業界でITとビジネスに携わる中で、DXを推進するためにはユーザー部門の役割が特に重要であると痛感したことです。それは一体どういうことか、ここではDX推進においてユーザー部門に求められることについて考察します。

著しい変化の中で

 久しぶりに社内の情報システムを担当する立場になり、現在の関心はDXとAI、そしてセキュリティです。中でも特にこの数年のAIの発展の速さは驚くべきもので、凄みさえ感じます。ご存じのようにAIは何度も流行がありましたので、正直なところ「またか?」という感じでした。

 ところが、今回は本質的に違うと感じています。横道に逸れて映画の話になりますが、スタンリー・キューブリック監督の『2010年宇宙の旅』の時代が、少し遅れて訪れたと感じます。2010年宇宙の旅を簡単に補足すると、謎の黒いモノリスが人類に影響を与え、宇宙船ディスカバリー号の旅が中心に描かれます。

 その中で、船のAI「HAL 9000」が乗組員と次第に対立し、最終的には非常に哲学的で壮大な結末を迎えるという物語です。HAL 9000との対立の理由は彼の内部ロジックの矛盾にありました。「人間に誠実であるべき」という命令と、「モノリスの情報を乗組員に隠す」という最高機密保持のプログラムが衝突してしまい、自己矛盾が深まります。その結果、乗組員を排除するという結末につながったと考えられるものです。あたかも不安やプライドの崩壊という感情的なものが発生したかのように──。

 映画ではなく、現実のAI技術がさらに進化したとして、HAL 9000のように人間に反抗するようになるのかそうでないかは、勉強不足の私には分かりません。しかし人間が作ったコンテンツから学習するのが今日のAIですので、人間のように判断・思考・創造すると考えれば、人間に反抗することもありえるのではないかと思われます。

 また話は逸れますが、私はAI-OCRの導入を検討したことがあります。以前のAI-OCRは手書き文字の線分から“へん”や“つくり”を認識して字全体を理解するものでした。このやり方だと、例えば“木村”という姓の部分が手書きで“木”、“木”、“寸”と見えるように離れて書かれた場合、“木木寸”と認識してしまうなど精度が不十分でした。今は膨大な量の手書き文字を学習することで、人が感覚的に認識するのと同じように文字を認識します。それにより飛躍的に精度が良くなっているのはご存じのとおりです。

 このようなAI技術の進歩は、私自身が過去に学んだ知識や技術と現在のものとのギャップであり、古い技術や知識は捨てて、真っ白な状態で素直に学び直すことが必要になります。AIの適用分野は幅広く、学習の蓄積を続けることで、どこかの時点で人間との境目が分からなくなる時が来るように感じています。

今さらですがDXについて

 さて本題のDXです。今日では“DX”という言葉が社会に浸透し、企業の中で一般用語として使われるケースも増えました。DXという言葉のイメージは人によって多少異なるかもしれませんが、ITを有効に活用してビジネスを変革するという概念はほぼ同じだと思います。

 製造業では、生産や販売の基幹システムはもちろん、技術や設計、モノづくりの工程においてもITが不可欠になって久しいです。そこに、例えば自動車では自動運転をはじめ、クルマそのものの概念が変化しています。クルマにおけるソフトウェアの占める部分が大きくなっています。

 また金融業界においては、早くからITは必要不可欠でしたが、規制緩和により異業種からの参入も多く、ITを活用したサービスそのものが商品として当たり前になりました。

 このような変化の中で、ITをどのように活用して、商品やサービス、また会社の活動を変革していくかは極めて重要なことです。そして先ほど述べた発展の著しいAIがキーファクターになり、DXを大きく進められる可能性が高まっていると感じています。

 企業として、変化に追随するのではなくリードするためにDXは必須です。DXにおいて、経営者とIT部門、そして現場が密に連携して、それぞれが自分事として取り組むことが大切であることは既知の通りです。経営者とIT部門についてはよく語られますし、とても大事なことですが、ユーザー部門に関しては自分の経験も踏まえて、以下の3つのことが大切であると考えます。

①システムの問題にしない
 あくまでビジネス改革が目指すゴールです。システム化が目的ではないことを忘れずに主体であることを忘れないことが肝要です。ゴールがあって、それに相応しい手段としてのITなので、流行のシステムを導入することが目的ではありません。

②課題や変えたいことの本質を考える
 今見えている課題を解決することが本当に実現したいことかを考えるようにしたいものです。1つの業務プロセスのビフォーアフターを描いて変えることは大切ですが、それによって全体として何ができるかをよく考えたいものです。
 例えば、ある手続きのためお客様に2度来店してもらうことがあった場合に、それぞれの手続きを簡素化してスピードアップを図ることは必要です。しかし、そもそも1度の来店にできないか、もっと言えば来店してもらわなくても手続きできる方法がないかを考えるといったようなことです。本質を理解した上で、まず1つずつ解決していき、ステップを踏みながら実施することは有効な進め方です。

③システム部門と一緒にやるという意識
 システム部門のメンバーが話す言葉や内容がわかりにくく、何となくそれぞれの立場に立って進めることが多々あります。役割分担は大切ですが、一体感を持って推進できなければ成功は難しいです。体制を組む際には、ユーザー部門とIT部門のたすき掛けの体制をつくることは有効であると思います。

 DXを進められるかどうかが日本に取って非常に重要なことで、これまではそれなりに何とかなってきましたが、今後の日本の価値を高めるために、今が最後のチャンスだと思います。それはコロナ後の金利政策の諸外国との差、そして実効為替レートにおける円安、人口減少と高齢化の加速、さらにはグローバル化が前提であった世界の経済の姿が大きく変わりつつある時代だからです。

 私は、ITはとても便利な道具であると考えています。でも、あくまでも道具でしかなく、ITを上手く使って、人間は人間にしかできないことに集中することが必要で大切だと思っています。そして良い意味で人間は楽しいこと、やりがいのあることに特化すべきです。そんな社会、生活を実現するために少しで貢献したいと思います。

筆者プロフィール

浦井 善弘(うらい よしひろ)

不動産業界の公益財団法人でITを担当。パナソニックの情報システム部門に配属になり、ビジネスユニット長、子会社役員を経て、ゆうちょ銀行の事務部門でIT化推進等を経験。趣味は街歩き、落語、映画鑑賞を中心に、何にでも興味深々。「ITは上手く使って、よりよい仕事・生活の実現を!」