生成AI、AIエージェントなど、進化するテクノロジーを社員の力にする
AI、量子コンピューティング、バイオテクノロジー──。今、テクノロジーの進化はかつてないスピードで社会を塗り替えつつあります。変化の速さは日進月歩どころか、秒進分歩と言っても過言ではありません。そんな中で企業が持続的に成長するには、変化の波をいち早く捉えて対応し、それを自らの価値創出に結びつける力が不可欠です。
自律型AIエージェントが需給をリアルタイムに最適化し、パーソナライズドAIが社員の“分身”として意思決定・交渉・評価を担う──そんな時代の到来は、もはやSFではありません。企業がAIの進化を活かすには業務の効率化にとどまらず、組織設計やリソース配分の原理そのものを変えていかなくてはいけません。
テクノロジーに対応する力だけでなく、「社会が得る価値」を問い続ける視座を持たなければ、企業にとって持続的な成長は難しい時代に突入しています。
信頼できるAI活用とリスクに備えたガバナンスの確立
こうした認識のもと、双日はAI活用を中核とした企業変革に取り組んでいます。出発点は確かなデータ基盤づくりにあります。2024年度は、IT・ネットワークインフラの共通化、次期基幹システムの構想策定に加え、構造・非構造データの整備を進めました。AIの精度と効果は、どれだけ“価値あるデータ”を扱えるかに大きく依存します。だからこそ、全社横断で経営管理に直結するデータ基盤を整えることに注力する必要があります。
一方、AIの導入にはリスクも伴います。著作権問題、ハルシネーション、倫理などです。中でも倫理には明確な正解が存在せず、社会的な合意や文脈に大きく左右されます。だからこそ企業がAIを活用する際には、自社が掲げるビジョンやパーパスを出発点に、それに即したAIの活用方針を構築することが重要です。そのうえで、AI活用に関する原則やルールを明文化し、社内外に対して透明性を持って示すことが、社会からの信頼を得るうえでも不可欠となります。
日常業務に生成AI活用の文化を根づかせる
企業における生成AI活用の要点は、「だれかが使う」ではなく「だれもが使える」ことだと考えています。当社では2024年2月、社員向けの生成AIツール「Sojitz AI Chat」をリリースしました。現在では社員の約8割が活用しており、そのうち約4割が定常的に業務の中で使用するまでに定着が進んでいます。こうした活用文化が社内に根づき始めた背景には、いくつかの要素があると考えています。
1つがトップダウンでの文化醸成です。具体的には、社長を議長とするDX推進委員会において、生成AIの進化の速さなど最新の技術トレンドの共有や実際のサービスを使ったデモンストレーションを通じて、経営層の理解を深めることに注力しました。並行して部課長を中心とする管理職層を対象にしたハンズオン研修を実施し、実務に即した形で生成AIツールの利活用スキルを体得してもらいました。
もう1つがデジタル人材を通じた推進です。応用レベルの教育プログラムを修了した社内のデジタル人材を各組織の生成AI活用リーダーとして選出。彼/彼女らを各組織のハブとして、生成AI活用に関わる課題の収集やベストプラクティスの組織横断的な情報共有など、日常業務への展開を推進しています。
生成AIを業務で積極活用している組織には傾向があることが分かっています。当社では、業務プロセスの可視化→AIを活用すべき業務の特定→定型・標準化されたプロンプトの組織内共有というサイクルを通じて、自然なAI活用を推進しています。生成AI利用を義務付けるのではなく、無理なく利用を進めているのです。
業務効率化を超えて、生成AIによる価値創出へ
社員がAIを当たり前に使い始めて業務効率化が視野に入ってくると、次はより高度な事業支援や価値創出に挑む必要があります。例えば化学業界では、中国の供給過多や国内生産縮小、環境規制強化といった構造変化が進みつつあり、商流の再構築が求められています。
当社は、これらのマーケットの変動と社会課題に迅速に対応するため、DXの牽引役を担うデジタル人材と化学業界の専門人材が中心となってGraphRAG技術(注1)を活用したナレッジデータベースを構築しています。散在する業界情報や取引データを文脈的に結び付けることで、ベテランの暗黙知を形式知化するように人力依存を超えた洞察を可能にし、高精度な案件組成を実現しようとしています。
注1:GraphRAG(Graph Retrieval-Augmented Generation)とは、ナレッジグラフ(構造化データ)と生成AIを組み合わせた技術。従来のRAG(検索拡張生成)では対応が難しかった質問への回答が可能になる。
こうした取り組みで得られたインテリジェンスプロパティ(知的財産)を他の業種・領域にも横展開することで、指数関数的な価値創出へとつなげる可能性が広がっています。そして、これは一例です。変化のスピードが増す今、企業が進化を続けるには、すべての社員が変革の担い手であるという意識が広がり、実際にそうなることが重要です。
そのためにAIを一部の専門家だけが扱うものにせず、誰もが日常の中で自然に使いこなせる環境を育てていきたいと考えています。
「少しでも試してみる」「わからないことを誰かに聞いてみる」──、そんな小さな一歩の積み重ねが、組織全体の創造力を引き出し、新たな価値を生み出します。一人ひとりの挑戦が、未来を形作る力になります。
筆者プロフィール

荒川 朋美(あらかわ ともみ)
双日 取締役 専務執行役員 CDO兼CIO兼デジタル推進担当本部長。日本IBMに入社後、システムエンジニア、マーケティング、営業を担当し、2014年に同社取締役、翌年に初代チーフデジタルオフィサー(CDO)に就任。2021年10月に双日の顧問となり、同年12月に入社し、初代CDOに就任。2023年4月より常務執行役員、2024年6月より現職として同社のデジタル事業を牽引している。