自走する組織のCIO、”チーフ癒し系お母さん”とは?
近年のAI技術の進化は、まさに驚異的。生成AIをはじめとする技術の進歩に触れるたびに感動すら覚えるのは、私だけではないでしょう。事実、かつては人しかできなかった高度な判断や創造的な作業が、今やAIによって補完・代替される状況が現実になっています。
これに際し、企業はどうすべきでしょうか。驚き、感動するだけでは競争力にはつながりません(^^; AIを「使いこなす力」と「使いどころを見極める力」が不可欠です。そこで今、私の勤務先ではAI活用戦略の再構築に取り組んでいます。単なる業務効率化にとどまらず、意思決定の質を高め、現場の創造性を引き出すためのAI活用を目指しています。
この戦略の中核に据えているのが「社員による実行」です。AIはあくまで道具であり、使い手の意図と工夫があってこそ真価を発揮します。ですからその導入や検証は外部に任せるのではなく、現場を知る社員自身が主体的に進めるべきです。業務の本質を理解し、改善の意志を持つのは、ほかでもない私たち自身だからです。
CIOに必要な2つの顔
言い換えれば、未来を創るのはAIではなく、それを使いこなす「人」です。だからこそ、私たちはAIに感動しつつも、冷静にその可能性と限界を見極め、主体的に活用していく覚悟を持たなければなりません。こうしたAI活用の取り組みを進める中で、私自身、これまでのCIOとしての経験を振り返る機会が増えました。これまで2つの文化の異なる会社でCIOを務めてきました。
1社目では一般社員として入社し、伝票処理などの実務を一つひとつ経験しながらキャリアを積み上げ、最終的に3年間CIOに従事しました。実務を知り尽くしており、事務オペレーションの変更や変革を含めてどんな課題にも先頭に立って取り組みました。自分で言うのも何ですが、強いリーダーシップで組織を引っ張っていました。今思い返すと、まるで“猿山のボス”のような怖いリーダーだったと思います。
2社目である現在の会社には幹部として入社し、数年後にCIOになりました。現場の細かな業務には精通していない状態でのスタートです。当時はそのことに引け目を感じることもありましたが、実は「知らないこと」が功を奏する場面が多々ありました。自分が詳しくないからこそ、メンバーの言葉と力を信じ、任せ、彼ら一人ひとりの強みを引き出すことに集中できたのです。その結果、自分の想像を超えたおもしろいアイデアが出たり、大きな改革活動が立ち上がったりと、組織全体の変革につながったと感じています。
この経験を通じて、大きな変革を率いるCIOには2つの顔が必要だと実感しました。1つは、戦略的・技術的な役割を担う「チーフインフォメーションオフィサー」としての顔。もう1つは、メンバーに寄り添い、安心して挑戦できる環境を整える「チーフ癒し系お母さん」(笑)としての顔です。冗談ぽく聞こえるかもしれませんが、後者こそ心理的安全性を確保し、社員が自ら考え、動き、改善を重ねていける“自走する組織”を育てるために欠かせない顔です。
「とんでもない人財」を活かす組織
ここ数年の凄まじいAIの進化からもわかるように、テクノロジーの進展の速さはこれまでの10年とは比べものになりません。企業が生き残るためには、CIOとして技術を追い続けることは当然ですが、それ以上に重要なのは、ある分野に突出した才能を持つ「とんでもない人財」を見つけ、活かすことです。例えばかつて「パソコンオタク」や「Geek」と呼ばれていたような人たちです。
彼/彼女らが通常のヒエラルキーの中で埋もれないよう、適切な環境と役割を提供できれば、私たちのような“古いCIO”の想像を遥かに超えた成果を生み出してくれるでしょう。そのためには、上位者が自然体でいる(謙虚である)ことから始まり、会議で発表してくれた勇気に対して参加者全員でまず拍手で感謝を示すようなことが大事だと思います。
直接評価には現れない縁の下で支えるメンバーにCIOアワードを贈ることなどによって、突出した人財が心理的安全性を感じ、伸び伸びと力を発揮できる環境を作ることができると考えます。そうしたことの結果として自走する組織が成り立つのです。 AIの進化に感動しながらも、その本質を冷静に見極め、社員の力を信じて任せる。そんなCIOの在り方こそが、これからの時代に求められるリーダー像だと確信しています。この記事が読まれる数カ月後には、さらにAIで世界が変わっていることでしょう(笑)。
筆者プロフィール

辻 裕里(つじ ゆり)
IT企業でSEとしてキャリアをスタート。結婚後、女性就業支援を目的とした週末起業のダブルワークを経験。子育てのため地元の製造業に移り、IT企画や総務部長を経てCIOに3年間従事。2019年7月にSUBARUに入社し、情報システム部長として社内システムを統括。サイバーセキュリティ部長や総務部長の兼務を経て、2024年4月より現職にて全社のIT/DXを推進中。趣味は山歩き、音楽ライブ、孫と遊ぶこと。