ITやデジタル部門に欠かせない「両利きのITマネジメント」とは?

CIO Lounge正会員・新田 哲

IT・デジタル部門を「進化型」「探索型」視点で捉え直す

 組織経営学者であるチャールズ A. オライリー氏(米スタンフォード大学経営大学院教授)とマイケル L. タッシュマン氏(米ハーバード・ビジネススクール教授)が「両利きの経営(Ambidexterity)」を提唱してから10年近くが経ちました。両利きの経営とは既存事業を維持・強化しながら(深化)、新規事業を起こし(探索)、企業を成長させていかないと成熟企業は衰退するという考えです。

 アマゾン(Amazon)の成長により多くの米国の成熟企業が衰退したことは、よく知られています。また写真フィルム事業の“深化”に固執して倒産したコダックに対して、フィルム事業の収益が出ている間にフィルム技術を応用した界面化学の「探索」に挑戦して事業転換を進めた富士フイルムは、両利きの経営の重要性を物語るよい事例だと思います(関連記事DXとは何者か?─フィルムビジネスを失って見えたもの)。

 少し視点は異なりますが、私はITやデジタル部門の業務にも大きく2つのタイプが存在すると思います。1つは、定められた業務を計画に従って、効率よく実行するもの。実行の中では日々の改善も行います。比較的短期的な成果を最大化する業務です。IT業務でいうと、日々の維持管理や運用サービス、機器の更新業務などがこれにあたります。ここではオライリー氏の定義を借りて「深化型業務」と呼びます。

 もう1つは新たな課題を設定して、解決の方向を見出し、将来に向けた抜本的な解決策を実行する業務です。大きな業務改革プロジェクトやITプラットフォームの刷新、IT・デジタル組織の改編などです。このタイプの業務は、長期的な価値、課題に対応した業務であり、「探索型業務」と呼ぶことにします。

 IT・デジタル部門の業務には比率は異なるにせよ、必ず、深化型業務と探索型業務が存在し、これらに対して異なるマネジメントが必要と考えます。

DXを阻害しないための「両利きのITマネジメント」

 深化型業務に必要なマネジメントは、適切な目標を立て、部下の実行をフォローすることです。PDCAを回すことで改善を繰り返し、効率よく成果を最大化します。これにより、運営コスト低減やサービスレベルの向上を狙います。

 一方、探索型業務に必要なマネジメントは、ビジネス・業務プロセスや生産プロセスにおける長期的、本質的な課題を設定し、それを解決するアイデアを創出、実行をフォローすることと考えます。ここでは、部下が失敗を恐れず提案できるマインドを醸成する、業務負荷のバランスに配慮しながら、改革・変革の実行環境を整備し、フォローするといった深化型業務とは異なるマネジメントが必要です。

 特に重要なのは、これら2タイプの業務をバランスさせることです。私の造語ではありますが、これを「両利きのITマネジメント」と呼びたいと思います。日々の短期的な課題に追われて探索型業務は後回しになりがちです。しかし探索を疎かにすると長期的課題に対応できず、DX推進の阻害要因となり、会社の将来の成長を止めてしまうリスクがあります。

JFEスチールにおける実践:脱メインフレームへの挑戦

 JFEスチールのIT部門が実行した探索型業務の一例をご紹介します。私がIT改革推進部長(現:デジタル化推進部)に就任した2014年当時、基幹システムはすべてメインフレーム上で稼働していました。全社で2億ステップ以上もある巨大なスクラッチ開発のシステムです。本社と各工場にあったIT組織が、別々に維持管理しながらビジネスニーズに対応するべく追加開発したため資産規模が肥大化していました。生産性向上策を策定し、PDCAを回して効率的な運用に取り組んでいましたが、メインフレーム技術者の減少により将来的な維持管理に疑問を感じるようになりました。

 そこで、探索型業務としてプラットフォームの刷新に取り組みました。メインフレームからオープン系技術への移行は、OSやミドルウェア、開発ツールなどの多くの技術要素の変更が伴います。メインフレーム技術者を含め約900人いたシステムエンジニアにとっては、大幅なスキル変更が必要でした。複数あったIT組織の統合やIT予算の一元化も課題でした。

 これらを解決するために複数のタスクフォースを設置し、技術要素の変更やスキルチェンジなどいくつもの課題の解決に向けた探索を実施しました。そのうえで、①組織の統合・予算管理の一元化(ITガバナンス体制構築)、②オープンプラットフォーム(プライベートクラウド)構築、③基幹システムのオープン化戦略策定と実行という3ステップで実行を進めました。 

 課題提起した当初は周囲から実現性を疑問視され、猛反対に遭いました。刷新の必要性や実現可能性に関して時間をかけて説明し、どうにか社内の承認を得たことを覚えています。そして実プロジェクト開始から10年が経過する2026年、プロジェクトメンバーの尽力で、脱メインフレームが完了する予定です(関連記事JFEスチール、東日本製鉄所の基幹システムをJavaにリライト、メインフレームからクラウドに移行)。

 探索型業務は「課題設定と解決策探索」の連続であり、その実行に期間を要しますが、日々の業務(深化型業務)を進めながら、強い意志を持って実行をフォローしていくことが重要です。

 日本の製造業は、急激な国際情勢の変化やカーボンニュートラルをはじめとする環境変化の中で、各社、経営トップの強いコミットメントの下、グリーントランスフォーメーション(GX)とデジタルトランスフォーメーション(DX)を推し進めています。変化の激しい時代であるからこそ、CIOやITリーダーは、深化型と探索型、2つの業務をバランスよく実行する両利きのITマネジメントを心がけたいものです。

筆者プロフィール

新田 哲(にった あらた)

1986年3月に早稲田大学を卒業。4月、日本鋼管(NKK)に入社し、システムエンジニアとして経験を積んだ。その後、鉄鋼の営業部門に在籍。2002年にNKKと川崎製鉄が経営統合し、JFEスチールが発足した際には基幹システム再構築に携った。2014年IT改革推進部長(現:デジタル化推進部)、2018年常務執行役員を経て、2022年より専務執行役員。現在、DX戦略本部長、サイバーセキュリティ統括部担当。