失敗のない成功はない、IT部門をチャレンジする部署に!

CIO Lounge理事・提箸 眞賜

失敗が好きな人はいないでしょう。失敗すると周囲から責められたり、自己嫌悪に陥ったり、しばらくは落ち込んで回復できなかったりするからです。できるだけ失敗を避けることを心がけ、また失敗したことは早く忘れようとします。一方で他者の失敗は“蜜の味”とも言われ、だれもが関心を持つのではないでしょうか。1984年に出版された一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏の著書『失敗の本質』が、今もベストセラーとして読まれ続けているのは当然です。

私自身、たくさんの失敗をしてきました(もちろん、いくつかの成功もあります、笑)。そんな経験を踏まえて読者にお伝えしたいのは、失敗の大事さです。

思い返すと、始まりは私が会社に入社して2、3年目、私が仕事で大きな失敗をしたときのこと。先輩社員からこう言われました。「死んだ人間を連れてきても、医者は生き返らすことはできないよね? 死に至る前に患者を医者に連れてくるのがあなたの仕事だよ」──。その先輩は、失敗の予兆を察知し大事になる前に対処することの重要性を指摘してくれたのです。

失敗と成功のマネジメントを部下に指導

先輩はさらに、「そのためには小さな失敗の経験が重要ですよ」とも付け加えました。これらの言葉は今も私の記憶に鮮明に残っていますし、折に触れて失敗には関心を抱いてきました。例えば、私がIT部門の責任者をしていた時、新しく部門に配属された人との面談で必ず2つのことを聞くようにしていました。1つは定番的な「将来、どんなキャリアを目指したいか」ですが、もう1つは「過去にどんな失敗をし、何を学んだか」でした。

私の経験上、成功経験はともかく、失敗経験をきちっと整理して話せる人は少数です。しかし失敗経験の少ない人は、仕事で何らかの失敗をするとリカバリーの方法を会得していないので回復までに時間がかかったり、最悪の場合、メンタル面に支障をきたす人もいました。これに対し、失敗から学んできた人は、おかしな表現かもしれませんが、失敗のしかたが上手です。失敗のポイントを肌感覚で学び取っており、大きなダメージに至らないように対処しているのです。

よく言われることですが、教えられたことを繰り返し行うルーチンワークは別にして、失敗なしに成功することはありません。むしろ未経験の何かにチャレンジする仕事には小さな失敗はつきものでしょう。ですから、失敗をマネジメントするのはとても大事であり、このことをIT部門の新人が理解しているかどうかを探り、そうでなければ腹落ちするように伝えることを面談では心がけてきました。

一方で成功体験も大事です。仕事に対する自信と次の仕事へのチャレンジする意欲と勇気をもたらしてくれるからですが、これについてもIT責任者の時代に少し工夫していました。成功事例を報告書ではなく、論文の形式で文章にまとめることを部下に指示していたのです。

「QCD100%の呪縛」からの脱却を願う

ところで、IT部門はこれまで失敗のないシステム運営を求められてきました。システムは正常に動いて当たり前、万一、ダウンすればクレームが殺到し、「システム部門は一体何をしているのだ」などと非難される経験を、皆さんも少なからずお持ちだと思います。結果として、IT部門は「QCD(品質、コスト、デリバリー)100%の呪縛」に囚われることになりました。

QCD自体は否定するものではないにせよ、最新技術より枯れた技術、どこか他社で実績がある製品やソリューションでないと採用しないといった、失敗を回避するための部門マネジメントが広がり、組織体質として染みついたのです。新規システム開発を、旧知のベンダーに丸投げするような発注のしかたも根は同じでしょう。勘のいい読者はお分かりだと思いますが、今日ではこれが、いわゆるDX推進の足かせになっています。

商品開発などを担当するマーケティング部門の人たちはどうでしょうか? 彼らや彼女らの仕事は、むしろリスクをとり、失敗を恐れずチャレンジしていくことが重要とされ、それが人事評価の要素にもなっています。個々の人だけではなく、マーケティング部門の組織風土にもなっています。私自身、マーケティング部門の人たちと顧客向けのシステム開発にかかわった際に、このことを体感しました。

朝礼暮改は当たり前、喧々諤々の議論をしながらマーケのシステムを試行錯誤で構築した覚えがあります。その背景には、ITツールの進化でデータの取得・分析がしやすくなり、以前にはなかなかできなかった予備的な失敗(シミュレーション)を、容易かつ安価にできるシステム環境が整備されたこともあります。IT部門も同様にツール進化の恩恵を受けられるはずですが、そうしているようには見えません。

やはり意識を先に変える必要があるのです。そのために、例えばマーケ部門の人材を一時的にIT部門のメンバーに加えてみてはどうでしょうか? なぜなら、今は事業や社会環境の予測が難しく、先が読めないVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)に相当するの時代。そうであるならば当然、成功するまで小さな失敗を繰り返す必要があるからです。アルバート・アインシュタインの次の言葉は重いです。

Anyone who has never made a mistake has never tried anything new.
(一度も失敗をしたことがない人は、何も新しいことに挑戦したことがない人である)

この言葉からも推察していただけるように、私はIT部門がチャレンジする組織、リスクが許容される組織、失敗から学ぶ組織に変革しなければならないと思います。IT責任者の皆様にはそれをリードし、推進してほしいと切に願っています。

最後に、本コラムの前回はローマ帝国の話でした。私も歴史好きなので、歴史つながりで幕末に活躍した人物、「佐藤一斎」を紹介します。知名度は高くありませんが、彼は幕末に活躍し、吉田松陰や坂本竜馬など幕末の志士に多大な影響を与えた人物です。著書である『言志四録』と『重職心得箇条』は、上に立つ人の心構えや考え方が明快に書かれており、現代においても指導者を目指す人にとっての必読の書。現代語訳も出版されているので、一読をお勧めします。

筆者プロフィール

CIO Lounge 理事・提箸眞賜

提箸眞賜(さげはし まさし)

1977年、生産エンジニアとして資生堂に入社。北米のIT統合や新工場の立上げを経験し、国際事業本部や経営企画部を経て、情報企画部の部門長を務めた。2014年、江崎グリコの理事・情報システム部長に転じ、2021年9月に退任するまで同社のITを率いた。趣味はジャズ鑑賞、真空管オーディオ製作、模型製作。