製造業復活の処方薬としての「CPS」を考える

CIO Lounge理事・田井 昭

私が社会人になったのは1981年。同年代の方は記憶されていると思いますが、1980年代は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(写真1)と言われ、日本の製造業が世界を席巻していた時代です。メーカーに入社後、私は開発部門に配属され、まさに世界初の製品開発に取り組みました。将来もこのまま進化し続けることにまったく疑いを持ちませんでした。IMD世界競争力ランキングでも堂々の1位でした──。

──ところが1990年代の半ばから成長が鈍化し、2022年の同ランキングでは何と日本は過去最低の34位となっています(関連記事:IMD世界競争力ランキング2022、デンマークが北欧初の首位、日本は3つ下げて34位に)。

振り返ってみれば、1998年にWindows 98とInternet Explorerが登場しました。その頃の日本におけるインターネット普及率は14%程度でしたが、2000年には37%を超え、当時の森喜朗首相が「すべての国民が情報通信技術を活用できる日本型IT社会を実現する」との構想のもと、5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す「e-Japan構想」を発表しました。この頃は日本企業もまだ元気だった気がします。

今では巨人になった米アマゾンが日本でサービスを開始したのも2000年です。米国を中心にインターネットバブルは2000年3月に最高潮に達し、デジタル化の潮流は勢いを増していきました。私見ですが、このネットバブルやそれが崩壊した段階では、欧米も日本もデジタル導入には大差がなかったと思います。差がついた転機は、数年後の2008年に起きたリーマンショックにあったのではないでしょうか。

写真1:米国の社会学者エズラ・ヴォーゲル氏による1979年の著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:"Japan as Number One: Lessons for America"、TBSブリタニカ刊)。国内でベストセラーとなり、ハイテク景気からバブル景気に向かう時期の日本経済を象徴する言葉となった

多くの欧米企業は生き残りをかけてデジタル投資のアクセルを踏み、目的は同じですが日本企業はコスト削減に進み、それが後の成長率に影響をもたらしたように思えるのです。最近でも新型コロナウイルス感染症によるパンデミックを受けて、欧米やアジアではIT投資を加速させています。これに対し日本企業の60%はIT投資削減だそうです。このままでは世界競争力34位どころか、さらに後退する可能性があるのではないでしょうか?

日本の製造業はCPSに舵を切るべきだ

とはいえ、巻き返しのチャンスがないわけではありません。私は有力な処方箋の1つとしてCPS(Cyber-Physical System、図1)があると考えます。IT化やデジタル化だけでは、自ずとできることに限界があります。これに対し、IoTの進化に伴って、現実世界(アナログ)と仮想世界(デジタル)を連携させ、融合させていくかを本気で考えられるようになってきました。この流れにあるのがCPSであり、別の表現をすればデジタルツインです。

図1:CPSの概念図(出典:JEITA 電子情報技術産業協会)

日本企業はCPSのキープレーヤーになれるポテンシャルがある、ただし……

CPSの話を進める前にAIについて触れましょう。第3次AIブームはデジタル技術の進化に加え、人間の脳というフィジカルに範をとった研究が寄与しています。ニューラルネットワークがそれで、その源流とされる「ネオコグニトロン(Neocognitron)」を考案した福島邦彦氏など、日本人の貢献は有名です。デジタルすなわち1か0の世界、Yes or Noの世界に対し、乱暴ですが、量子的概念を導入する。デジタルとアナログの新たな関係を作り上げることです。

CPSも、デジタルとアナログの新たな関係という点では同じです。CPSにおける重要なファクターはデジタルだけでなく、現実世界であるフィジカル、すなわちアナログだからです。決して最近登場した概念ではなく、実際には2010年頃から製造業を中心に広がってきた考え方だと記憶しています。今では製造業だけでなく、社会全体をCPSの構想で変えていくことが期待されています。

このフィジカルの分野において、日本企業は今も優位性があります。特にアナログ的な知見が必要とされる製造業の領域において、日本企業が世界一を維持している分野は意外に多くあります。であればこそ、日本企業はCPSでのキープレーヤーになれるポテンシャルがあると考えられるのです。ただしデジタルとアナログの融合がCPSなので、デジタル投資──R&D・人材・実践──を避けていては、そうはなれないでしょう。

もちろん、闇雲にお金を使えばいいと言うものでもなく、正しいデジタル投資を進めることが重要です。そういう前提条件はあるのですが、日本企業がCPSのキープレーヤーになるのか、それともCPSの部分パーツ提供の下請けになるのか、今後数年間におけるデジタル投資がその分岐点になると言っても過言ではないと思います。

では正しいデジタル投資とはどういうものか? この点についは長くなるので別の機会に書くとして、読者の皆様にはNintendo Switchのゲームソフト「マリオカート ライブ ホームサーキット」(画面1)をお勧めします。すごく分かりやすいCPSの具体例ですし、紹介動画も公開されています。「なあんだ、ただのゲームですか」と思う方は、34位から脱却できないかもしれません(笑)。

画面1:自宅のリビングルームをサーキット場にして実際にカートを走らせて遊ぶ「マリオカート ライブ ホームサーキット」は物理と仮想を融合したCPSの端的な例だ(出典:任天堂YouTubeチャンネル「マリオカート ライブ ホームサーキット 紹介映像」)

筆者プロフィール

田井 昭(たい あきら)

1981年、製品開発エンジニアとして小西六写真工業(現コニカミノルタ)に入社。2011年、IT部門長を経て執行役員IT担当に就任。その後、コニカミノルタを離れ、ITコンサルタントとしてCIO Loungeの理事に就任。2019年にELEKS Japanを設立し、取締役社長に就任。