ITとISの相違から日本の方向性を考察する

CIO Lounge正会員・板野 則弘

今夏、東京都美術館にて開催されたボストン美術館展(画面1)に行かれた読者はおられるでしょうか? 私は、10年ぶり6度目の里帰り展示となった『吉備大臣入唐絵巻』を目当てに行ってきました。日本にあれば間違いなく国宝となっていたはずの絵巻です。私の故郷、岡山県倉敷市(旧吉備郡)真備町出身で、2度の遣唐使を務めた実在の英雄、吉備真備(きびの まきび、695年~775年)公、の唐での奮戦ぶりを描いた傑作です。

遣唐使として唐に到着した吉備真備は高楼に幽閉され、数々の無理難題(文選、囲碁、野馬台詩)を課せられます。さまざまな術を用いて、それらを見事に解いたという逸話に基づいた痛快な内容でした。正座で空を飛ぶ“飛行の術”の場面などは、日本のマンガ文化の発祥になったとも言われます。国宝級の絵巻なのに、会場のあちこちから笑い声が聞こえるという(笑)、不思議な雰囲気の展示でもありました。

画面1:東京都美術館で2022年夏に開催されたボストン美術館展のポスター
(出典:東京都美術館)

この絵巻、吉備真備が活躍した時代から数百年後となる12世紀後半の平安時代に後白河院の下で製作されたと言われており、当時の日本人が進んだ大陸文化への憧れと劣等感、そして日本にも大陸に勝てる人やモノがあるという感情を持っていたことを感じとることができます。

さて、本題です。私は絵巻を鑑賞しながら、日本のIT業界と欧米の関係を連想しました。今日、最新のITや関連規格の大半が欧米発であり、GAFAMに代表される巨大IT企業が高いシェアを有し、つまり日本のITはグローバルスタンダードに席巻されています。ITやデジタル関連のコンファレンスやセミナーなどでは、欧米は進んでいて日本は遅れているとの論調があふれています。

確かに欧米だけではなく、海外から謙虚に学ぶべきこと、習得すべきことは数多あります。しかし過度に自虐的になることなく、日本が得意とする分野を認識し、世界に対して貢献できる何かに気づき、活かすことにも注力すべきではないでしょうか? その際に鍵になるのは“人”です。

端的に、IT(Information Technology)とIS(Information System)は似て非なるものです。ITはあくまでもツール、手段に過ぎません。それに対してISは「IT+業務」なので、人のやりたいことや意思が必ず入っています。例えば、最近、製造業でもトレンドとなっているデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進には、以下の共通のプロセスがあるように思います。

①アナログ→デジタル化を進め、それまで見えなかったものを可視化する
②可視化によって問題の本質や新しいアイデアの“気づき”を起こす
③その解決策や新しいアイデアを実現・実装する

以上の3ステップのプロセスです。私は①を“気づきの種”と呼んでいますが、これはある程度、機械的にできます。しかし、②と③の主役は“人”です。“気づく”ことはAI(ツール)では無理であり、人にしかできません。人であれば専門しかし家である必要はなく、誰でも気づく可能性を持っています。ツール(IT)だけでなく、それに人(国、企業ごとの特性)を組み合わせて活かすことができれば、自ずと日本の強みと世界の中で担うべき役割が見えてくるはずです。

私は日本企業におけるグローバル人材とは、日本のことを知っている人だと思っています。単に日本に住んでいるだけでは日本を知っていることにはならず、海外を知らないと日本の特性・特徴はわかりません。この点で、特に若い人達には海外を経験し、海外から日本を見ることを強く推奨します。

そのうえで、みずからのパフォーマンスを上げるべく努力してほしいと思っています。ここでのパフォーマンスは、教科書的にはスキル(知識、経験)×モチベーション(やる気)の面積であると言われます。私はこれに、集中する(考える)を掛け合わせて体積にし、それを最大にすることが欠かせないと考えています(図1)。

図1:パフォーマンスの成り立ち

したがってマネジャーの皆さんには、スタッフのスキルとモチベーションを高めるだけでなく、集中するための時間を確保できるようなマネジメントをお願いしたいです。例えば、難しいのは承知の上で常識であるマルチタスクを避け、シングルタスクで仕事を進められる環境作りです。シングルタスクの方が圧倒的に効率的であり、品質の高いアウトプットを得ることが多いようです。

最後に、リベラルアーツで学んだ日本の特性を紹介します。縄文時代と聞くと、皆様は何をイメージされるでしょうか? 1万3000年くらい前から2300年前が縄文時代であり、大陸文明と同時期に定住を始めています。興味深いのは、大陸文明地域では農耕や牧畜が始まったのに、縄文時代は定住しているにもかかわらず、狩猟、採集、漁労を1万年の長きにわたって続けてきたとされています(表1)。

表1:大陸文明と縄文時代

個人的な解釈ですが、その結果として大陸では「自然とは征服するもの」との考えが強くなりました。これに対して日本では「自然とはすべての恵みをいただくもの」との考えができあがったと思われます。仏教などの宗教が伝来する以前から、「八百万の神」が存在した理由でもあります。つまり日本人には自然を敬い、共存共栄を図る姿勢が、1万年以上にわたって刷り込まれている。現代の人類最大の課題であるサステナブルな地球環境、SDGs、ESG投資、GX(グリーントランスフォーメーション)といった取り組みに最も長けているはずであり、世界をリードする役割があるのではないでしょうか。

筆者プロフィール

板野 則弘(いたの のりひろ)

1989年、三菱化成株式会社(現三菱ケミカル株式会社)に生産技術エンジニアとして入社。1996年、米国シリコンバレーに3年間駐在。帰国後、2000年より情報システム部門に異動し、eビジネスを推進。2012年に情報システム部長、2018年にDX推進リーダーも兼任。2021年、三菱マテリアル株式会社に転じてCIOに就任。
趣味はリベラルアーツ(人類の叡智)、マインドフルネス(禅+脳科学)、ゴルフ。