失敗を促進し、不安を取り除くことが
組織パフォーマンス向上につながる

CIO Lounge正会員・新本 幸司

 私はIT業界一筋で還暦を迎えました。技術者として1人で、あるいはメンバーの1人として駆け抜けた時代から、やがてチームを率いて成果を求められる立場になり、多い時には300名近い部門の責任者を務めました。この間、成功だけでなく多くの失敗を経験し、「あの時、ああしておけば・・」といった慙愧の念は今でも消えません。

 一方で、「数々の失敗があったから今の自分がある」とも思います。架け橋第四回のコラムでは「失敗のない成功はない、IT部門をチャレンジする部署に!」と題して、失敗に関する想いや経験談が紹介されました。コラムを読んで、眠っていた当時の記憶が掘り起こされた気がします。

Anyone who has never made a mistake has never tried anything new.
(一度も失敗をしたことがない人は、何も新しいことに挑戦したことがない人である)

 文中で紹介されたアルバート・アインシュタインのこの言葉は私自身、大好きで常に心に留めおきたい金言です。失敗とはあくまでも結果でしかなく、チャレンジした数が自分の成長を支えてくれたと実感しています。

 そういう意味ではチャレンジを許容してくれた会社にも感謝の想いで一杯です。そんな経験から、ここ10年ほどはイノベーションやチームパフォーマンスなどに興味を持ち、変革マインドを持つ企業の特徴や、成果の出るチームビルディングなどを研究しています。このコラムではその一部をご紹介します。

企業の成長を支えるのはイノベーション

 まず、イノベーションと業績の関係です。2017年にケロッグ経営大学院のディラン・マイナー氏が、米国の上場企業154社で働く350万人がアイデアの創出から実行などについてやり取りした5年分のデータを分析。結果は米ハーバード・ビジネス・レビュー誌に掲載されました。

 結論は、「企業の成長とイノベーションには強い相関関係がある」というもの。加えて、この相関は業種や業界、規模の大小、破壊的/漸進的といったイノベーションのタイプどれにも依存しない、つまりイノベーションは企業の成長にとってオールマイティの解決策になることを指摘し、アイデア創出の要因や変数などとイノベーションの関係も分析しています。

 経済産業省の「2015年版 中小企業白書」の2部「イノベーションの達成による成果」にも、企業収益とイノベーションの相関関係に関するデータがあります。白書ではイノベーションの達成はもちろんですが、イノベーションに向けて取り組むことの重要性も示唆しています。こうした研究やデータから、失敗を恐れずにイノベーションに取り組むことが企業の成長につながることが明らかです。

 とはいえ、「当社としてもイノベーションに取り組むので、皆さん奮ってアイデアを出してください!」と通達を出したところで、すぐに活発な議論が巻き起こり、湯水のようにアイデアが湧き出るようなことにはならないのが現実です。これはなぜなのでしょうか? 大きな理由の1つは、「出る杭は打たれる」のことわざがあるように、日本人はアイデアが浮かんでも、おいそれと人前で披露しない傾向があります。

日本人は不安と戦っている

 人はさまざまな不安を抱えており、それをブロックするために無意識に心に壁を作ります。「心理的安全性(Sychological Safety)」で知られる米ハーバード大学教授のエイミー・エドモンドソン氏によれば、組織における代表的な不安は相手から無知、無能、邪魔、否定的と思われることだそうです。例えば無知と思われないように「質問しない」「間違いを認めない」、無能に対してはダメなアイデアだと思われないように「アイデアを出さない」、否定的と思われないために「現状を批判しない」「適切なアドバイスをしない」など。これらは極端な例ですが、人は多かれ少なかれ自分を守るべく自己印象操作を行うそうです。

 それがよく見られる場が会議でしょう。互いをよく知らない参加者が多い場合、優秀と見られたいがために、無意識に「相手の印象を操作する」ことに集中してしまうようなケースです。そうなると本来の目的だった何らかの決定やアイデア創出はどこかへ置き去りになりますから、このような参加者が多いと判明した場合は、至急何らかの対処をする必要が生じます。

 私自身、人見知りで赤面症だったこともあり、若い頃は人前で話すことがとても苦痛でした。おそらく当時の私は自己印象操作の塊だったのではないかと思います。30年ほど前に「不安はなぜ生じるのか」と考える中、ふと、不安は原因が判明すれば解消に向かうことに気づき、ずいぶん気持ちが楽になった記憶があります。ただし、そうした心的要因だけではありません。少々、難解な話になりますが、もう少しお付き合いください。

 人間にはノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンという3大神経伝達物質があり、これらの物質が感情や記憶、精神面や運動、睡眠など人体の重要な機能に深く影響を与えていることが分かっています。このうちノルアドレナリンが過剰に分泌されると不安や頻脈、焦燥、発汗などを誘発し、その状態はセロトニンにより緩和されるという関係にあるそうです。

 ありがたいことにセロトニンは使い切りではなく、セロトニントランスポーターと呼ばれる遺伝子によりリサイクルされます。この遺伝子にはL型(多く再利用する)とS型(あまり再利用しない)の組合せからなる「LL型」「SL型」「SS型」の3種類が存在します。つまり「LL型」はセロトニンが多く再利用されるので精神的に安定し、「SS型」はその逆です。

 このセロトニントランスポーター遺伝子の種類別割合を人種で比較した研究があり、日米で比較すると以下のようになります。

日本人:LLタイプ( 1.7%) SLタイプ(30.1%) SSタイプ(68.2%)
米国人:LLタイプ(32.3%) SLタイプ(48.9%) SSタイプ(18.8%)
(出典:クラウス=ペーター・レッシュ氏、米サイエンス誌、1996年)

 日本人はSSタイプが70%近く、SLタイプを合わせるとほぼ100%を占めます。対して米国人はLLとSLタイプで80%を超えるのです。日本人には不安を感じる人が多く、米国人に楽観的な人が多いのは遺伝的な性質なのです。不安や頻脈、焦燥、発汗などでお悩みの方、これは遺伝なのでどうしようもありませんが、しかし方法はあります。リサイクル率が少ないのなら生産量を上げればいいのです。

在宅勤務は要注意

 セロトニンはセロトニン神経によって分泌されます。セロトニン神経は日光を浴び、リズム運動し、そして笑うことで活性化されるそうです。コロナ禍で在宅勤務をされる方が多いと思いますが、セロトニン分泌の観点からは逆効果になりがちなので、休憩時には太陽の下で散歩する時間を確保しましょう。特に朝の散歩は効果が高いそうです。

 一方で、グーグルやインテルなど米国IT大手が社員向けカリキュラムに「マインドフルネス(Mindfulness)」を導入していることは有名です。これは瞑想や丹田呼吸法がセロトニン神経の活性化に効果があるためだと推察されます。セロトニン神経が活性化されるとα2波という脳波が出現し、この状態はリラックスしているのに集中している、つまりゾーンに入った状態の脳波を示すそうです。最適な覚醒状態で、自然と高いパフォーマンスを発揮することが期待できるのですから、非常に興味深い取り組みです。

 リズム運動にはウォーキングやジョギングなどの歩行系以外にも、呼吸系(座禅、太極拳、ヨガ、読経など)や咀嚼系(ガムを噛む)もあるそうです。自分に合ったリズム運動を取り入れ、マインドフルネスを実践してみてはいかがでしょう。ちなみに私は読経をしています。

アリストテレスに学ぶ

 2018年にグーグルの社内プロジェクト「プロジェクト・アリストテレス」の記事が翻訳されました(https://rework.withgoogle.com/jp/)。これは「高いパフォーマンスのチームを作るには? 」を研究テーマとして、4年の歳月をかけ180人(エンジニアリング系が115、営業系が65)のチームから生産性の高い働き方をするチームの特徴を徹底的に調査/分析したものです。米ニューヨークタイムズ紙の記事でも取り上げられています(The New York Times: What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team、有料記事)。

 この研究の結果、「生産性が高いチームは心理的安全性が高い」という結論が導き出されました。さらに心理的安全性が高いチームは離職率が低く、お互いの多様なアイデアが活用され、収益性が高く、エグゼクティブから効果的であると評価される頻度が2倍であることが判明したそうです。心理的安全性とは、前出のエドモンドソン教授が1999年に提唱した概念で、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義されています。不安が取り除かれた状態と言えます。

 アリストテレスは社員が1人でいるよりも、心理的安全性の高いところで一緒に働いたほうがよりパフォーマンスが高いことを我々に教えてくれました。心理的安全性に関しては賛否両論が存在することは認識していますが、特にS型(不安遺伝子)が多く存在する日本企業においては、心理的安全性の担保は重要な要素であると確信しています。

NO失敗 NO成長

 冒頭に紹介した「一度も失敗をしたことがない人は、何も新しいことに挑戦したことがない人である」という金言と共に、失敗を許容する組織はパフォーマンスが高いという研究のいくつかを紹介しました。

 VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と称される外部環境の変化に対して、企業が持続、成長するためには、機敏かつ柔軟な変化対応力が求められます。そのためには現場に近い多くの従業員が躊躇せず知恵を出し合える環境や、失敗が許容され心理的安全性が担保される風土の醸成が求められます。ただし注意すべきは同じ失敗でも、フェイル(Fail)とミスや手抜きは違いますので、前向きな挑戦の結果起こったフェイルについては、大きな心で許容しましょう。

 最後に、世界で14万人の従業員を率いたブリヂストン元CEOの荒川詔四氏が、「HRカンファレンス2019秋」の対談でリーダーの育成について語られ、とても共感した内容を紹介させていただきます。

 「大事なのは自分の頭で考えさせることです。(中略)とにかく大切なのは、失敗してもいいという空気感です。失敗したって会社がつぶれるわけではないし、業績に大きく関わるわけではない。失敗する可能性があっても、やりきることが重要だというマインドセットにさせなくてはいけません」。

 失敗が許容され、失敗を楽しめる企業風土って最高ですね。

筆者プロフィール

新本 幸司(しんもと こうじ)

1987年に(株)アシストに中途入社。「お客様と友達になれ!」という創業者の教えを実践して35年。本業以外にもCIO Loungeを始めとした複数の団体やコミュニティにて活動中。座右の銘は「バカバカしいことに真剣に取り組め」、そして日頃意識する言葉は「啐啄同機」。2023年の目標は神社、仏教、ウサギマスターの3検定で2級へ昇格すること