DXのカギは標準化(デファクトスタンダード)にあり!

CIO Lounge正会員・原 和哉

 デジタルトランスフォーメーション(DX)が話題になって5年ほどが経ちました。その定義や意味は企業や人によってさまざまですが、筆者は大きく2つに分類できると考えています。1つはデータとデジタル技術を用いた事業変革や新規事業の創出、もう1つはデジタル化による業務改革です。前者についてはいずれ書かせていただくとして、今回は後者の業務改革に焦点を合わせます。

 業務改革の第一歩は、業務処理の自動化や省人化、あるいは間接費の削減・効率化を達成することでしょう。その延長線上にマーケティングの高度化やサプライチェーンの短縮や高度化、CRMなど営業革新もあります。これらの結果をコミットするDXを経営は望んでいます。一方で実践するとなると、ERP導入やクラウド化、BIやSFAツールの導入といったシステム導入の話になりがちです。その結果、「総論賛成・各論反対」という、何とも厄介な状況が発生してしまいます。

 少し具体的に説明しましょう。役員会などでDX案件を決議し、錦の御旗が立てられると「総論賛成」の土壌が出来上がります。この段階で表立って反対する人は当然、いません。次にDX部門やIT部門がリードして、あるいは特命のチームが設置されて、各種プロジェクトがスタートします。このプロジェクトのステアリングコミッティでも「総論賛成」が崩れることはないでしょう。

 厄介な状況はこの後、つまりシステム導入や業務プロセス変更などの現場に影響の出る内容を進めようとした時に発生します。現場説明会では役員会の決議=錦の御旗を話すため、反対意見はあまり出ませんが、担当者レベルと具体的な話を始めると「そんな話は聞いてない」「私の権限では決められません」「新しいやり方では効率が落ちる」「追加のコスト負担はできない・したくない」といった、「各論反対」のオンパレードになります。

総論賛成・各論反対をどう乗り越える?

 このことはCIO/IT部門に在籍する方なら、だれしも経験があるでしょう。「ではどうするか?」ですが、筆者は「標準化」が切り札になるし、するべきだと強く思います(図1)。標準化のよいところは、「これが標準(スタンダード)」と言い切れることです。例えば欧米企業(事業)を買収した際、相手企業が最初に聞いてくることが「御社のポリシーは? ルールは? 標準システムは?」といった内容です。標準化が進んでいれば、当然ポリシーやルールに則った標準システムが構築されているので、「当社の標準はXXXXです。すべてをこれに合わせてください」と言うことができます。

図1:標準化活動はビジネス戦略の一環(出典:一般社団法人情報通信技術委員会〈TTC〉)

 つまり「当社のポリシーはXXXXです。ルールはXXXXです。YYYシステムはXXXXです」のように言い切れるので、せっかくのM&Aが出だしで躓くことを避けられます。逆にこれができないと「標準がないならこちらのやり方でいく」、「当社(事業)やり方の方が優れているので、このままで」といった状況になります。M&Aを担当するIT部門の人が毅然とした態度で相手企業に臨み、結果を出すための強い武器が「標準化」なのです。

 このことはM&Aに限りません。「総論賛成、各論反対」を乗り切るには標準化が大事です。標準化を進めるにあたって、どのようなKPIを設定するかはプロジェクトによりさまざまですが、成功に導くために最もよい指標が「デファクトスタンダード(De Facto Standard)」だと思います。これは「事実上の標準」という意味の言葉で、「De Facto」はラテン語の「事実上の」が語源となっています。

 「事実上の標準」ですから公的な標準化機関から認証を受けるのではなく、市場における競合他社との競争によって業界標準として認められるようになったものを指します。一般的には50%以上のシェアを獲得できれば「デファクトスタンダード」になったと言えるでしょう。そこで重要になるのが、シェア50%を超えるまでの設計をどれだけ緻密にできるかと、その達成に全力疾走するという2点です。

デファクトスタンダードの獲得事例

 DX案件ではない古い内容で恐縮ですが、筆者が関わった社用携帯電話の標準化を取り上げて説明します。いわゆるガラケー全盛期の2008年頃、携帯電話による業務コミュニケーションはどの部門や子会社にとっても欠かせないものになっていました。当時、管理は総務部門のシェアードサービス会社が行っており、従業員の要望に応えるべくさまざまな端末をラインアップしていました。

 一方で売り切りビジネスになっていたため、高すぎる通信料の発生や端末の紛失・搾取、公私混同などのコンプライアンス問題が、かなり発生していました。そこで、この携帯電話の標準化を企画・実行したのです。企画段階で、役員会議においてプレゼンしました。タイトルは「携帯電話の標準化による大幅なCR(Cost Reduction)とガバナンス強化」。数億円/年のCRと利用状況の見える化による不正利用監視を訴求し、錦の御旗を得ました(図2)。

図2:積水化学グループ向け提案書

 実行段階では、管理部署の移転と携帯電話の社用利用に関するポリシー・ルールの策定を行った上で、徹底した従業員通知を行いました。ここまでの内容は「総論賛成」の内容ですので順調に進みましたが、いざ切り替えとなると、「今の機種を使い続けたい」とか「他キャリアの方が安く買える」といった予想通りの各論反対のオンパレードでした。特にグループ会社から少なくない反対意見があったことを覚えています。

 これを乗り切る戦略が、デファクトスタンダードの確立です。まず利用を強制できる本社で実施し、順番にグループ会社に展開する作戦を立てました。重要なのはグループ会社の順番とスケジュールです。このようなバックオフィス品においてはコストに勝る武器はありませんから、事前に利用状況を細かく把握し、確実にCRできる会社から攻めます。

 次が紛失や搾取など不祥事を起こした歴のある会社です。こちらも何の言い訳もできませんから大人しく従ってくれるはず。ここまでくれば、対象者の50%を超えることを試算し、1年未満の期間で達成できることも計画していました。つまり、プロジェクト開始から1年以内にデファクトスタンダードをとる計画だったのです。

 デファクトスタンダードを取ってしまえば、後は簡単。役員会でのプレゼン資料と先行して切り替えた各社のCRデータ/管理状況を持って回るだけです。若い担当者とベンダーさんの組み合わせで絨毯爆撃をするだけでよいのですから手間もかかりません。勝ったも同然です。実際に作戦通りにプロジェクトを遂行できました。

 成功要因をまとめると、標準化のメリットを訴求した錦の御旗(役員会議)を立て、デファクトスタンダードを1年以内に確実にとるために事前リサーチを徹底したことです。蛇足ではありますが、中にはどうしても替えたくないという人もいました。そういう人に対しては、「公には絶対に認めない」「当人には特例なので他言無用」を徹底し、例外を認めました。ここまで、標準化とそれを達成するためのデファクトスタンダード化についていろいろ書いてきましたが、DX推進に悩むIT部門の皆様の一助になれば幸いです。

筆者プロフィール

原 和哉(はら かずや)

積水化学工業 デジタル変革推進部 情報システムグループ長
1987年に積水化学工業に入社。応用電子研究所で宅内コードレス電話の開発からスタートし、セキスイ電子に出向し、設計開発から営業、SEまで幅広く担当。復職後の研究所で、新規事業「独居高齢者遠隔見守りシステム」を開発・販売を担当。2005年経営戦略部情報システムグループ(IT部門)に異動し、現在デジタル変革推進部。2016年よりIT部門長。出身は愛媛県松山市で、高校は夏目漱石『坊っちゃん』の舞台校である松山東高校。趣味は、パチスロ、ドラクエウォークに加え、コロナ禍の影響でゴルフ熱が上昇中。