異文化の壁を越える「共通言語」としてのデータ経営─海外駐在30年で試行錯誤した現場から

CIO Lounge正会員・遠藤 建世

 私が就職した1979年当時、仕事の道具といえば電卓と台帳でした。海外から届くFAXやテレックスに書かれた注文を確認して台帳に記入し、工場や出荷部門と調整しながら納期を回答する。月が替われば台帳を転記し、売上計算は電卓で行う。今振り返れば、のどかな一方で手間のかかる仕事でしたが、当時はそれが当たり前でした。

 1980年代の後半以降になるとPCが職場に導入されます。そうこうするうちに表計算ソフトや電子メール、基幹システムのSAPなどを使うようになって、仕事のスピードは大きく変わりました。時差のある海外拠点や顧客にも瞬時に情報を届けられるようになり、数字の把握ははるかに容易になりました。

 しかし中堅社員になっていた私は、そうしたITを「電卓と台帳に比べると、自分の仕事を格段に便利にしてくれる道具」としか捉えていなかったように思います。現場でそれなりの仕事を任され、役職にも就いていました。ITに興味や関心を抱かなくても業務遂行に支障はありませんでしたから、そういう捉え方だったのでしょう。

 それが大きく変わったのは、2000年代に入ってドイツの販売マーケティング会社の社長になったことを皮切りに、マレーシアや中国のBtoC事業、さらにイタリア、米国で自動車部品関連(B2B事業)の工場経営に携わるようになってからです。海外で会社の経営を担うようになって、ITが経営に不可欠なものだと痛感したのです。それはなぜだったのか、私の経験を書かせて頂きます。

海外では阿吽の呼吸が通じない、数字=データが頼り

 多くの日本企業の現場では、今も「阿吽(あうん)の呼吸」やチームワークが残っているでしょう。私が国内で働いていた頃は、むしろそれが当たり前。「明日までにこの仕事をお願いします」と頼めば、細かな指示なしにきちんとこなしてくれました。自分が頼まれても同じで、残業しても仕事をやり切りました。

 しかし文化も習慣も雇用形態も異なる海外拠点では、勝手が違いました。「必要だから」では誰も納得せず、透明性と説明責任をもって理由を示す必要があります。言語も文化も価値観も異なる人たちと働く中で、全員が同じ事実を見て議論できる状態をつくること、つまり、個人の感情や言い訳を挟まない「数字という唯一の共通言語」を確立することが極めて大事なことだからです。

 しかしそれは言うは易く行うは難しです。私の場合だけかも知れませんが、経営や事業運営に欠かせない数字がすぐには見えなかったのです。むしろ購買や工場、営業の責任者はそれぞれ別の数字を見ています。会議で必要なデータを求めても、日本のように翌朝までに出てくることはまずありません。特定の役職者や担当者が休暇中という理由で、数字がまったく出てこないこともありました。

 なぜそうなのか? 結局、「適切なITシステムがないからだ」と気づきました。売上だけを見ていても経営判断はできませんから、否応なしにITに関心を持ち、勉強しました。そしてある会社ではIT担当者に指示して、受注・生産・出荷の状況をSCMの観点で見える化し、売れ筋や利益率を把握できるようにしました。何が売れているのか、どこで供給が詰まっているのか、利益はどう変動しているのか。こうした情報を見ることで初めて、次の手を打てます。

 具体例を挙げると、イタリアの法人では製品原価の約7割を銅が占める製品を製造していました。銅の価格は日々変動するため、利益も日々変わります。つまり出荷実績と銅の価格を連結しないと、本当の利益は見えません。私が着任した当初は、適切な仕組みがありませんでした。そこでERPなどからデータを取得し、BIを使って日々の利益をダッシュボードで確認できる仕組みを作りました。

米国の工場では自ら「データ経営」を実践

 加えて経営においては先を読むことが欠かせませんから、精度は粗くても3カ月・6カ月先の注文見込みを入れ、売上や費用をシミュレーションできるようにしました。人員調整や採用・調整にもリードタイムが必要です。将来の受注が落ち込む兆しや原材料リスクを事前に察知できるからこそ、経営者として打つべき先手が見えてくるのです。

 別の例も挙げましょう。赴任先の米国のある工場では、ベテランの経理部長や工場長が毎朝1時間以上かけて手作業でデータを拾い、Excelで資材の廃棄ロスなどを計算していました。そうした幹部陣の努力は評価すべきかも知れませんが、手作業では効率が悪いし、間違いが混入する可能性があります。属人化のリスクもありました。

 そこで「1年以内に各責任者に依存しているExcel報告を廃し、システム化する」と宣言しました。この時のプロジェクトでは私自身、毎週開催していた進捗会議に必ず出席し、関係部署を巻き込みながら「経営数字を見るロジック」を明確にしていきました。結果として、毎朝6時には前日の廃棄ロスや計画達成率がグラフ化され、主要な幹部に配信される仕組みを完成させることができました。

 さらに、工場内に20台以上のモニターを設置し、廃棄ロスなどのデータをグラフで表示するようにしました。英語を母国語としないスタッフも多かったので、感覚的に理解できるようにしたわけです。すると、工場で働く多様な言語のスタッフたちが「自分たちのラインを改善しよう」と自発的に動き出してくれる、思わぬ展開につながりました。

 手作業から解放された幹部社員たちは、高度な分析活動に時間を充てられるようになり、やがて現場から「こんなダッシュボードも作ってほしい」と要望が相次ぐようになりました。1年後には宣言通り、30を超えるダッシュボードが完成し、さまざまな角度の経営数字をほぼリアルタイムで見える化しました。ITによる実態の可視化には、こんな大きな効果があります。いわゆる「データ経営」の第一歩だったと自負しています。

経営トップに求められる覚悟、そしてAI時代へ

 私はITの専門家ではなく、必要な数字が見えないことに困った経営者であり、ITの利用者でした。そんな私から見た、IT活用やIT改革がうまくいかない大きな原因は「IT部門への丸投げ」や「経営層の関心の弱さ」だと思います。経営トップや現場を担う経営幹部が本気で関心を示し、主導しなければ、仕組みは定着しません。

 私の場合は、社長として毎日出てくる数字を見て、疑問点を指摘し続けました。「数字の根拠は何か」「KPIは適切か」と問い続けました。そう問いかけの繰り返しこそが、数字を「単なる報告資料」から、「経営と改善のための共通言語」へと昇華させると考えます。

 今やAIの時代に入りました。しかし経営の重要な要素は変わらないと思います。可能な限り客観的な事実を見える化し、判断の質を高め、人と組織の力を引き出すことです。換言すれば、時代や環境の変化に対応できる「正しいデータの土台」を整え、それを活用していくことが、いつの時代も変わらない重要な要素だと確信しています。

 そして、それを行ううえで、IT、デジタル、そしてAIは経営者の強い味方であり武器となります。私自身、引き続きデジタル技術やAIなどに関心を持って学び続け、次の世代の経営や現場に少しでも貢献したいと考えています。

筆者プロフィール

遠藤 建世(えんどう たけお)

元松下電器産業(現パナソニックホールディングス) 執行役員。1979年、松下電器産業に入社。1994年からイギリス、ドイツ、マレーシア、中国の現地法人の経営に携わる。2014年、住友電装に移籍し、執行役員としてイタリア現地法人に駐在。住友理工では米州事業部長としてオハイオ工場に駐在。海外駐在は30年を超える。中国、イタリアへの駐在を通じて歴史への関心を深める。特に塩野七生氏の著作を愛読し、イタリアでは各地の世界遺産を訪ねた。趣味は園芸。スイスで目にした窓辺のゼラニウムの美しさに感動したことをきっかけに始めた。2025年に退職、久しぶりの日本での生活を楽しんでいる。